「イーブン」

 松阪在住の作家、村上しいこさんの新刊「イーブン」を読んだ。

 幼年童話だと、ぶっとんだ笑い話が中心なのだけれど、一般向けの小説になるとシビアなテーマのものが多い。

 今回のも、夫のDVが原因で離婚した母と暮らす少女が主人公。
 少女は中学校に入学して間もなく、クラスから孤立してしまい、登校できずにいる。
 そんな少女が出会う16才の少年は、母親に捨てられ、その母親を憎むことによって自分を支えている。

 そんな、どうにも重い枠組みなのだけれど、読んでいて暗い気持ちにならないのは、彼女らがそんな境遇の中でも、自分を憐れむのではなく、何とか前へ進もうとしている姿が描かれているからだろう。

 タイトルの「イーブン」には、平等、対等、プラスマイナスゼロ、というような意味合いが込められて、多義的に使われている。

 格差や不平等をすみかとする大人たちに囲まれながらも、少年は「イーブン」でないことに居心地の悪さを感じ、少女に語らせる前に、自分の生い立ちを語る。

 「イーブン」ということばは、少女から父へ、そして母へ渡される。
 そうして、ばらばらになった家族が、それぞれ「イーブンであること」について思いを巡らせることを通じて、新しい関係性が見えてくる。

 「イーブン」ということばは、圧倒的な差別に満ちた世界に投げ込まれた希望なのだろう。

「だいじょうぶだよ、トム。洗えばきれいになる」
「そうかなあ。きれいになるかな」
「うん、絶対にきれいになる」

という会話が、とても美しかった。