子育てコラム(120)「きく」

☆店主カワムラの子育てコラム☆

毎月発行しているメールマガジに連載している、
店主カワムラにによる子育てコラムのバックナンバーを紹介します。
子育ての中で、父として感じたこと、
学んだことを織り交ぜて書き綴っています。
上から目線でアドバイスと言うよりむしろ、
わが子と向き合いながら、迷ったりうろたえたりしてることを
正直に書いているつもりです。
共感したり、参考にしていただければ、さいわいです。

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2026年1月

b-Cafe店主カワムラです。

 冬真っ盛りではありますが、ここ1週間余り、アツい日々が続いております。と言うのも、11日の日曜日から東京両国の国技館で、大相撲令和8年初場所が開催されているからです。

 大相撲に関心を持つようになったのは、10年くらい前なのですが、きっかけは店の厨房で聞いたラジオ中継でした。

 相撲は早ければ一瞬で、そうでなくとも多くが数十秒で勝負が決まり、1分を過ぎると、長い取り組みと言われます。

 そんな短時間の闘いの中で、矢継ぎ早に言葉を繰り出し、勝負の行方、決まり手までを鮮やかに伝えてくれるアナウンサーの技に心を奪われたのでした。

 とは言え、力士の動きや技の名前など、専門用語が多く、最初は何を言っているのかわからない部分も多くありました。

 それらを少しずつ覚えるとともに、気になる力士たちの活躍を長いスパンで見守るようになると、どんどん面白くなってきて、ずぶずぶと沼に足を取られていったのでした。

 中継はだいたい16:00過ぎから18:00までで店にいることが多く、ほとんどはラジオでの観戦となります。

 テレビやネットで、きらびやかな場内の映像を見るのももちろん楽しいのですが、ラジオで、土俵上の様子を想像しながら聞くのも、深い味わいがあります。後頭部辺りの脳みそをフル回転させて、取り組みの様子を思い描くのがなかなかにエキサイティングなんです。

 ラジオでの大相撲観戦はただの娯楽ですが、こんなふうに、耳で聴いた音声から情景を想像する作業って、大人にとっても子どもにとっても、ものすごく大切なことなのではないか、と思うんです。

 大地を叩き壊すほどに力強く駆け回る脚や、一撃で獲物を仕留めるたくましい腕や爪、骨を噛み砕く強靭なアゴ、天空に舞い上がる翼を捨てて、ひたすらに脳を肥大化させることを選んだヒトにとって、生きてゆくための最大の武器が、考える、想像する、ということだと思うんです。

 目の前に無いものを、有るかのように思い浮かべる力、それらを絡み合わせて空想の世界を描く力、そしてそれを現実の形にしてゆく力。

 そんな力を使って、ヒトは文明を築き上げてきたのだと思います。

 子どもは、誰も教えなくても、棒切れを剣に見立て、ブロックや積み木を生き物に見立てて、ごっこ遊びをします。それは本能的な能力だし、遊びを通じてそれを発達させようとしているのだと思います。

 そんなふうに考えると、モノがあふれ返っている今の世が、子どもの想像力を発達させる妨げになっていないかなあ、と心配になります。想像を膨らませるためのスキマが無くなってしまってるんじゃないかな、って。

 スマホ、タブレットの全て悪いとは言わないけれど、大きな危険をはらんでいるのは否定できません。どこにでも持って行けるぺらぺらのデバイスが、魅力的な動画を際限なく吐き出してくれる、というのは、ぼくらの頃からしたら夢のようなのですが、歯止めが効かなくなる危うさも感じます。

 映像や音やテロップやら、全部盛り込んだ完パケのお弁当は、確かに食べやすくておいしいんだけれど、それでええんやろか、とも思っています。足りなさと、それをイマジネーションで補うことも大事なんじゃないかしら、って。

 今となっては古くさくなってきているのかもしれないけれど、たとえば絵本にはそういう「必要な足りなさ」があります。絵は動かないし、全部を描いてくれてもいない。けれどそれが、想像をめぐらせる余地となっています。

 読み聞かせの場面で、読み手も聞き手も、止まった絵を眺めながら、それが生きて動く様子を思い描く時間を共有するのは、とても深みがある体験だと思うんです。

 だからって、絵本の時間が生真面目なお勉強の時間である必要はなくて、あくまでも楽しいエンタメの一つでいいと思うのですが、そんな中で、大人も子どもも、ヒトとしての最大の武器である想像力を培ってゆけるのって、めちゃお得だと思いませんか?

 想像力は、人類が文明を発展させてゆくのに欠かせない原動力だと思うのですが、加えてぼくらひとりひとりが生き残ってゆくのにも無くてはならないものだと思うんです。

 想像力によって、いまの逆境の先にある希望を思い描くことができます。自分だけではなく、他人の痛みや苦しみに思いを至らせることによって、それを分かち合い、助け合うことができます。

 ぼくらは鳥にはなれないけれど、想像力の翼で、ここではないドコカに飛び立つことができるんです。鍛えましょう。