☆店主カワムラの子育てコラム☆
毎月発行しているメールマガジに連載している、
店主カワムラにによる子育てコラムのバックナンバーを紹介します。
子育ての中で、父として感じたこと、
学んだことを織り交ぜて書き綴っています。
上から目線でアドバイスと言うよりむしろ、
わが子と向き合いながら、迷ったりうろたえたりしてることを
正直に書いているつもりです。
共感したり、参考にしていただければ、さいわいです。
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2024年2月
b-Cafe店主カワムラです。
実は来月に、転居を控えています。
大阪から津に越してきて以来ずっと住まいしてきた借家を離れることになりました。古い家で、耐震強度を心配する大家さんから退去を求められていたのですが、子どもたちが中学校を出るまではなんとか、と延ばし延ばしにしてもらっていたのでした。
転勤族で、選択の余地がない方もいらっしゃるのですが、できるならば子どもたちには、同じ場所で地域に根ざした暮らしをさせてあげたい、地域でできた友達と一緒に育って、繋がりを保ったまま成長していってほしい、という願いがあったのでした。
引っ越しの期限が迫って来るのに新居が見つからず、春から先の生活はどうなるんだろうと、心配で気持ちが塞ぐこともありました。
そんな矢先、元旦の能登半島地震がありました。何の猶予もなく、突然家を失って、まだ先行きの見えない方々の心情を思うとやり切れなくなります。
今、日常を送れていて、引越し先を探すくらいで何をしょげることがあるんだ、と自分を叱りました。
その後、周囲の方達の力ぞえもあって、何とか条件に合った住まいを見つけることができました。
いつまでこちらにいるのかわからないし、と思って借家で暮らしているうちに20年が経ちました。
この家で長男が産まれ、ついで次男も産まれ、赤ちゃんから保育園児、小学生、中学生、高校生と育ってきました。長男は昨年の春、進学に伴って家を出ました。
長男が産まれたときは、リビングが彼とママの寝室だったし、その後はオモチャでいっぱいの遊び部屋になりました。次男も加わってさらにオモチャが増え、パパお手製のおうちや滑り台、ままごとキッチン(今はb-Cafeに来ています)が置かれていたこともありました。テレビのレコーダには子供番組の録画がいっぱいだったし、今はb-Cafeにある絵本たちがひしめいていたし、天井からは、お人形やモビールがぶら下がっていたなあ。
新婚の頃憧れていた、シンプルでおしゃれな暮らしというのを諦めたのはこの頃だったかな(笑)
台所仕事中に寄ってこないよう、リビングとダイニングの間に柵をつけたこともありました。階段の上と下には、しばらくベビーゲートをつけていました。
やがて寝室にみんなで寝るようになって、柵やゲートを片付けて、子どもが届く高さに、保育園用のリュックを下げるフックがついて、そのうちランドセル置き場や教科書の棚ができて。
大きくなった子たちは、それぞれリビングや書斎に布団を敷いて寝るようになりました。冷蔵庫の側面は学校からのプリントでいっぱい。
ウチには特に子ども部屋がなかったのだけれど、長男が中学校に上がるとき、ぼくの書斎の机を彼に譲って部屋を共有することになりました。彼が家を出た今は、次男がそのスペースを使っています。
この春に高校に進む次男も、やがては家を出てゆくのかもしれません。
映画館に行くと、素敵な住まいのCMが流れます。
ぼくには経験がないのですが、家を建てるときって、これから増えるかもしれない家族のことも考えながら、どんなふうに暮らしたいのかとか、ライフステージの変化にどう対応させてゆくかをイメージしながら、プランを立ててゆくものだと思います。
家族ができて、育っていって、やがて巣立っていって、という変遷が、ウチはもう、あらかた済んでしまったのだなあ、と思うと、ちょっとしみじみしてしまいます。
お家づくりはもちろん、人生の大イベントだから、しっかり取り組むのがいいとは思うのですが、やがてはこうやって過ぎてゆくものなので、そんなに気負いすぎなくてもいいのかも、とも思います。
我が子たちの、小さかった頃の写真を見ると、この家で撮ったものが山ほどあります。
大きな家具は変わっていないけど、今よりモノが少なくてすっきりしていたなあとか、破れて直したふすまが、この頃はまだきれいだったなあ、とか。
ぼくにとってはもちろん思い出深い家ですが、子どもたちにとっても、「懐かしの我が家」となっているのだろうと思います。
感謝を込めて、片付けにいそしみたいと思います。
空っぽになった家を見たら、ちょっと泣いちゃいそうだなあ。