子育てコラム(102)「二十歳の景色」

☆店主カワムラの子育てコラム☆

毎月発行しているメールマガジに連載している、
店主カワムラにによる子育てコラムのバックナンバーを紹介します。
子育ての中で、父として感じたこと、
学んだことを織り交ぜて書き綴っています。
上から目線でアドバイスと言うよりむしろ、
わが子と向き合いながら、迷ったりうろたえたりしてることを
正直に書いているつもりです。
共感したり、参考にしていただければ、さいわいです。

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2024年7月

b-Cafe店主カワムラです。

 つい先日、長男が二十歳の誕生日を迎えました。

 長男は大学入学にともなって家を出て、去年の春以来、京都で一人暮らしをしています。誕生日当日が、ちょうど店の休業日だったので、夫婦でお祝いをしに押しかけようと思ったのですが、用があるとかで、振られてしまいました。クラブが最優先で、なんだか楽しくやっているみたいです。

 彼が二十歳になったということは、ぼくも父親として二十年を過ごしてきた、ということです。

 いま、小さいお子さんと暮らしているママたちパパたちからすれば、くらくらするような、遠い先の話のように思えるかもしれませんが、済んでしまえば、本当にあっという間です。

 ぴったり密着で、24時間、何もかもお世話が必要だったベイビーの頃は、こんな時間がずっと続くんだろうか、とゲンナリしたこともあったのですが、やがて保育園や幼稚園、そして小学校、と進むにつれて、子どもと一緒に過ごす時間が、だんだんと短くなってゆくせいもあってか、日々の過ぎてゆく速度が、どんどん加速してきた気がします。

 中学校なんか、え、もう卒業するの?こないだ入ったばっかりですやん、みたいな具合です。

 なので、若いママパパたちには、大変な日々はちゃんと過ぎてゆくから大丈夫だよ、と言ってあげたいし、子どもとべったり一緒にいられる日々って、ほんとうにわずかだから、どうか大切に味わって、と伝えたいです。

 ・・・なんて偉そうに言っても、オジサンから見れば、長男はまだ、たかだか二十歳だし、ぼく自身だって、人生ほんの半ばなのですが。

 それでも、少しだけ先輩の親として、気づいたことや反省していることを、思いついたままに挙げてみます。

  *

 特に長男に関しては、小さい頃に厳しくし過ぎたかなあ、と思っています。

 甘やかしもしたけれど、お行儀とか挨拶とか我慢することだとか、今思えば、ぼく自身の気負いや理想を押し付け過ぎたのではないかな、って。

 初めての子ども、ということもあって「ちゃんと育てないと」という思いが強かったんでしょうね。

 もちろん最低限のしつけは必要なのでしょうが、それ以上に、小さい頃に「確かに愛されている」という感覚を深く感じてもらうのが、何を置いても大切だと思うんです。

 「愛された」という感覚は、生きてゆくうえでの最強の武器です。

 大きくなってからでも、取り返しがつかなくはないけれど、べったり一緒に過ごせる時期に、しっかりと愛情のやり取りをしておくほうが手っ取り早いと思います。

 それに、親がどれだけ崇高な理想を持っていたとしても、子どもって、もう笑っちゃうくらい、思い通りには育ってくれないんです。

 子育てで知る最大のことは「この世にはままならないことがある」ということを実感することだ、と思うくらいです。

 むしろ、親の理想通りに育っているように見える子には、危うさを感じます。その先の人生を考えると、がんばっていい子でいるより、安心してNoが言える子でいられる方が、生きやすいのではないかと思うんです。

 だいたいは無駄な努力に終わるのに、自分が思う型に子どもをはめ込もうとするより、その子自身にしっかり向き合って、その子の内にある独自の育ちのタネを探し続けてあげたいと思います。

 

  *

 これは、やって良かったなと思うことですが、当時の保育士という職業柄もあって、絵本はたくさん読みました。

 夜ベッドに入ってから、絵本を何冊か。少し大きくなったら、少し長めのお話、やがては絵のない物語を、小学校の半ばくらいまでは読み聞かせていました。

 その成果かどうかはわかりせんが、兄弟ともに、言葉を読み解く力はそれなりに持っていると思います。

 人は言葉で思考するものなので、言葉が豊かになるほど思考も豊かになるし、美しい言葉を知っていてこそ、世界の美しさを味わえるのだと思います。

 たくさんの物語を知っている、ということも、自分の人生を客観的に捉えるのに役に立つと思います。

  *

 これも職業柄なのですが、食べる、ということも大切にしてきました。

 毎日すごいごちそうを用意するわけではないですが、季節に見合った食材を使って、おいしく食べてもらおう、という気持ちを込めて用意してきたつもりです。

 「ちゃんと食べていたらだいじょうぶ」

というのが、ぼくの人生のサバイバルの極意なんです。これは間違いなく本当だと思います。

 食をおろそかにしないということが、経験の中から子どもたちの内に根付いていることを願います。

  *

 最近つくづく実感したのですが、「子育て」はすぐに終わるけれど、親であることは、いつまでも終わらないんですよねえ、それこそ死ぬまで。

 あれこれ手をかける「子育て」が済んでほっとするのかと思ったら、実はぜんぜんそんなことはないんです。

 少し大きくなってきたら、勉強のことが気になってくるし、中学に入った途端、受験についても考えなきゃならない。高校があっという間に済んで、大学まで送り込んだらようやくひと安心、かと思ったら安心なんてぜんぜんできない。

 

 ちゃんと暮らせてるか。授業に出てるのか。単位は取れているのか、と気になることが尽きません。

 考えると、ちっちゃい頃のトラブルなんて、せいぜい、ケガしたとか忘れ物したとか、友達とケンカした、というくらいなんだけど、大きくなってからのやらかしは、親の生活が危うくなるくらいの大ピンチにもなりかねないんですよねえ。

 うわっ、これからずっと心配せんとあかんのか〜、と、ちょっとゾッとしたのですが、心配するのは親の勝手ですからね。

 振り返る思い出も少しはできたけれど、親子の旅路はまだまだ続きます。