子育てコラム(101)「発達障害って?」

☆店主カワムラの子育てコラム☆

毎月発行しているメールマガジに連載している、
店主カワムラにによる子育てコラムのバックナンバーを紹介します。
子育ての中で、父として感じたこと、
学んだことを織り交ぜて書き綴っています。
上から目線でアドバイスと言うよりむしろ、
わが子と向き合いながら、迷ったりうろたえたりしてることを
正直に書いているつもりです。
共感したり、参考にしていただければ、さいわいです。

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2024年6月

 b-Cafe店主カワムラです

 近年よく見聞きする「発達障害」ということについて、概要だけでも整理して理解しておきたい、と思って探していたら、「発達障害大全(日経BP、黒坂真由子著)」という、比較的新しい本を見つけ、読んでみました。

 とても読みやすく、学びの多い内容だったので、紹介させていただきます。

 この本は、学習障害のある息子を持つ母親であるライターが、研究者や医者、発達障害を持つ当事者たちに対するインタビューを重ね、著者の考察を加えたうえでまとめられたものです。

 対談形式になっている部分が多いので、ボリュームがある割に、さくさくと読み進めることができました。

 発達障害のある息子と暮らしている母親としての目線で書かれているので、客観的な情報だけではなく、身内が、あるいは自分がその立場だったらどう向き合えばいいのか、というヒントが詰まっているように感じられました。

 以下、内容を、ぼくが理解できた範囲でざっくりお伝えします。

 「発達障害」という大きなくくりの中で、主なものとして、この本で取り上げられているのは「ADHD(注意欠陥多動症)」、「ASD(自閉スペクトラム症)」、「L D(学習障害)」です。

 以前言われていた「自閉症」、「アスペルガー症候群」や「高機能自閉」などは、現在では「ASD (自閉スペクトラム症)」のくくりの中に含まれています。

 「自閉スペクトラム症」の「スペクトラム」というのは、虹の色のように、はっきりとした境界がなく、連続して変化してゆくものを指しています。そのように、症状が多様だということです。

 そして、発達障害を持つ人には、上記のADHD、ASD、LDなどの症状が、さまざまな割合、濃淡で重なっていて、表れ方は人それぞれ、様々です。

 新しく表れてきた概念もあり、ドクターによって診断が変わってしまう、ということも珍しくないようです。

 なので、たとえば我が子が何らかの診断を受けたとしても、そのドクターの見立てがそうだった、ということで、たとえば「ADHD」という診断名に、子どもを当てはめて捉えない方が良いと思います。

 「発達障害」と言っても、その表れ方は多種多様で、それに対して必要な手立てもさまざまです。診断名を中心に考えるのではなく、その子自身をしっかり見て、向き合ってあげることが大切だと思います。

 また、インタビューに登場する小児科医は、発達障害の本質を「発達が進むに従って、次第に明らかになってくる日常生活上の困難さ」だと述べています。

 ある特性を持った子が、ある社会状況の中で何らかの困難に陥った場合、その特性が「障害」として捉えられるけれど、違った状況ではその特性が問題にならない場合もある、ということです。

 近年の「発達障害」とされる人の増加は、大らかさを失いつつある社会のあり様の影響も大きいのかもしれません。

 別のインタビューでは、精神科医が「発達障害」は「病気」ではなく、生まれつきの脳機能の偏り、脳の個性であって、「治す」ものではないのだ、と述べています。

 発達障害を「脳の多様性」のひとつとして捉える、「ニューロダイバーシティ」という考え方も提唱されています。

 苦手な部分を伸ばそうとする努力は大切ですが、それはその子の生きやすさを向上させるためのもので、それを他の子と同じになるためのものと捉えてしまうと、親も子も苦しくなってしまうように思います。

 別の小児科医は、発達障害を持つ子の子育ての指針として、

「一言でいえば、発達障害そのものを直そうとはしないことです。つまり『本人を変える』のではなく『環境を整える』」

「発達障害の子どもに親がしてあげられることは、険しい道を少しでも安全に、できれば楽しんで歩いていけるように環境を整えることなんです」

と述べています。

 「環境」と言えば、子どもが育つにつれて、保育園や幼稚園、学校、職場と、成長につれて移り変わってゆくのですが、小さな子どもにとって、最初の「環境」は家庭です。あるいは親そのものが、子どもの環境であり、世界なのだと思います。

 厳しいけれど、先ずは親自身が自分のあり様、子どもとの関わりのかたちをしっかり見すえて、子どもにとってより良いものとしてゆく努力が大切なのだと思います。

 以上、ざっくりとした紹介ですが、お勧めできる一冊ですので、興味があればぜひ手に取ってみてください。

 ここからは、ぼくの個人的な考えですが、子育ての根っこにある大切なことは、障害のあるなしや程度に関わらず、同じだと思うんです。

 それは、子どもの幸せを応援すること。当たり前のことのようですが、それが揺るぎのないスタート地点であり目標だと思います。

 ぼくは、幸せの本質は、人が社会の中で自分の居場所を感じていられることだと思っています。

 それを支えるのが、自分が人の中で役に立てると感じられる信念と、人とのつながりを求め、そこに飛び込んでゆける勇気なのだと思います。

 そのような心を育ててゆくことが大切なのは、どの子にとっても同じだし、それはぼくら自身も目指すべきところだと思います。

  *

 来月20歳になる長男が小6のとき、彼の誕生日に贈った言葉の封書が、引越しの荷物の片付けの際に出てきました。ちょうど今の季節なので、紹介します。

  *

 きみが咲いている

 

夏のはじまるころ、田んぼの一角に

しずくのようなつぼみをいただいたまっすぐな茎が

泥の中からすっくりたちあがる

つぼみは日ごとにそだち、やがてほころび

その花は明け方、ぽん、とかすかな音をたてて咲くのだという

ころ合いを見計らったようにいっせいに

そこここにあざやかな桃いろがともる

きみが咲いている

うれしい

うれしい

そう思いながら、

レン、おとうさんはそこを

ゆっくりと自転車で通りすぎるのだよ

子どもの時代も折りかえしをすぎて

きみの日々は少しずつふくざつになってゆく

この世で生きてゆくためには

この世のことわりのなかで

うまく立ちまわるすべを身につけねばならない

けれどそれよりふかく

ぼくらの根っこにある

あたりまえのしんじつをわすれずにいてほしい

それは、ぼくらがみんな

うまれて、やがてしぬということ

そのはざまで「いきる」といことじたいが

はじめからおわりまで、とうといのだということ

ぼくらはなにかになるために生まれてきたのではない

勝ちつづけるために生まれてきたのでもない

いのちのことわりのなかで

うまれてからしぬまで

ただそこに咲いているだけで、ちゃんと

やくそくをはたしているのだよ

だからあんしんしておゆき

きらくに楽しめば

じんせいはずいぶんおもしろいゲームだから

なんて言ってみても

この世のことわりに振りまわされっぱなしのぼくだから

さほど説得力がないかもしれないけれどね

けれど夏のはじめあの花たちが

たいせつなことを思い出させてくれる

咲いていればいいんだよ、って

きみが咲いている

うれしい

うれしい

12歳の誕生日、おめでとう