子育てコラム(93)「人の中で生きる」

☆店主カワムラの子育てコラム☆

毎月発行しているメールマガジに連載している、
店主カワムラにによる子育てコラムのバックナンバーを紹介します。
子育ての中で、父として感じたこと、
学んだことを織り交ぜて書き綴っています。
上から目線でアドバイスと言うよりむしろ、
わが子と向き合いながら、迷ったりうろたえたりしてることを
正直に書いているつもりです。
共感したり、参考にしていただければ、さいわいです。

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2023年10月

 b-Cafe店主カワムラです。

 毎年、道端に咲いた彼岸花に気づくたびに、ああ、秋なのだなあと思い、キンモクセイが薫る頃になると、ああ、秋が深まっているのだな、と感じます。しつこかった暑さもようやく去って、軽やかな秋の風が吹いています。

 涼しくなってくると、人恋しくなったり、おセンチな気分に浸ってみたり、ああ愛ってなんだろう?なんて考えてみたりしたくなります。

 愛ってなんなのでしょうね。

 そんなの、人が人となって以来、ずうっと考え続けられてきた宿題のようなもので、どこまで行っても、ひとつの答えにたどり着くということは、ないのだろうな、と思います。

 ぼくも「愛ってなんやねん」って、たぶん高校生の頃から、ずっと考えているけれど、そんなだから、もちろん、ぼくにもまだわかりません。

 ただ、愛って、欲しがってもらえるものではなくて、誰かに与えることによって、どこかから返ってくるようなものなのだろうな、とぼんやり考えています。

 

 愛が何なのかはわからないのだけれど、それが生きることの中核にある、ということは間違いない、と思っています。

 

 そして、ぼくらが生きるのは、幸せになるためだから、愛と幸せは、とても近くにあるもの、あるいは同じものを言うのかもしれません。

 愛と幸せが同じものならば、愛と同じように、ただ私の幸せを望むのではなく、誰かの幸せを願うことによって、どこかから返ってくるものなのかもしれません。

 そうなると、幸せって、どういうものなのだろう?

 幸せというのもまた、人の誕生とともにずっと考えられてきたテーマで、ただ一つの答えに行き着くことはできないのですが、今の時点で、ぼくが思う「幸せのかたち」を提案してみます。

 2017年に亡くなった児童精神科医、佐々木正美さんが、「幸せな生き方の道すじ」という著書の中で、こんなふうに述べています。

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健康で幸福な人生に必要なのは、人間関係です。喜びも悲しみも分かちあえる、豊かな人間関係です。そしてそれをつくるためには、お金も時間もかからないんです。家族を信じること。友達を求めること。人のなかでくつろぐ努力をすること。そういうことのつみ重ねで、幸せが生まれます。

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 ぼくは、この表現に深く共感できます。

 佐々木氏は、精神分析家エリクソンの研究から多くを学んだ、とおっしゃっていますが、このような考え方は、ぼくが、ライフワークとして学び続けたいと思っている、アドラー心理学にも通ずるものがあります。アドラーは、エリクソンより1世代前の人なので、もしかしたら、エリクソンに影響を与えたのかもしれません。

 アドラー心理学では、人生で起こるすべての問題は、人間関係に起因するものであり、人としての幸せもまた、人間関係の中にある、と考えます。

 人は、人の中で生きる存在なのですが、人の中で生きるということの中には、喜びと同時に、たくさんの試練も含まれます。

 苦痛を味わうくらいなら、喜びを放棄してでも、ひとりでいる方がいい、という気持ちはわかります。「ひきこもり」が年々増加してるのは、そう思う人たちがたくさんいることを反映しているのだと思います。

 けれど、ひとりでは、幸せにたどりつけない。

 そう考えると、ぼくらには、人の中に飛び込んでゆける勇気が必要だし、親として、子どもの中にも、その勇気を育んでゆくことが、とても大切だと思うんです。

 そんな勇気を育てるために、まず家庭内でできることは、ただただ、親子でのていねいな関わりの積み重ねなのだと思います。

 ことばを交わして、笑い合ったり、悲しみ合ったり、時には怒りをぶつけたり。それから、お互いに大切に想い合っている、ということを何度も何度も伝え合って。

 子育てって、面倒で大変で、時間も労力もかかるものです。けれど、それによって与えられるものがたくさんあります。

 気持ちが通じ合えている、という安心感は大きな喜びだし、濃密な関わりの中で、お互いの内の、人の中で生きてゆく勇気を育て合っているのだと思います。

 先日の夕方、中学3年生の次男から、「文化祭の動画編集手伝ってくれる?」というメッセージが届きました。

 部の舞台発表でダンスをするのですが、その背景にプロジェクタで投影する映像を作らねばなりません。次男はその担当からは外れていたのですが、行き違いから、前日になって製作を振られたようです。

 動画の編集って、なかなかの手間なのですが、ぼくとしては、頼ってもらえたことが嬉しくて「もちろん!」と返事をしたら、「ありがとう」と返事が来ました。

 言葉数の少なくなる思春期の子どもと、こんなやり取りができるのは嬉しいものです。

 改めて、ぼくは子どもたちにたくさんのものを与えてもらっているなあ、と感じたのでした。