子育てコラム(100)「問いつづける背中」

☆店主カワムラの子育てコラム☆

毎月発行しているメールマガジに連載している、
店主カワムラにによる子育てコラムのバックナンバーを紹介します。
子育ての中で、父として感じたこと、
学んだことを織り交ぜて書き綴っています。
上から目線でアドバイスと言うよりむしろ、
わが子と向き合いながら、迷ったりうろたえたりしてることを
正直に書いているつもりです。
共感したり、参考にしていただければ、さいわいです。

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2024年5月

 b-Cafe店主カワムラです。

 次男が進学して2ヵ月が経とうとしています。次男は高専(高等専門学校)に進んだのですが、念願だった学校に入学することができたので、1時間半近くかかる通学にもめげず、毎日楽しそうに通っています。親として、その姿に救われています。

 中学校を卒業した日、彼ら卒業生が、RADWIMPSの「正解」の合唱を聞かせてくれました。

 歌の終わりの方に、

「あぁ 答えがある問いばかりを教わってきたよ
だけど明日からは僕だけの正解を
いざ探しにゆくんだ また逢う日まで」

「制限時間は あなたのこれからの人生
解答用紙は あなたのこれからの人生」

という詞があります。

 新しいステージを迎える彼らにとって、まさに相応しい言葉だと感じられて、深く共感するとともに、彼らをどこまでも応援したいと思いました。

 生きてゆくことは、さまざまに例えられるのですが、この歌のように、問いに対する答えを探し続けることなのだ、と言うこともできます。

 私は何者なのか。どこから来て、どこへ向かうのか。

 何を為すのか、何を選ぶのか、あるいは選ばないのか。

 もちろんそれらの問いに、ただひとつの正解などなくて、おのおのが、それぞれの答えを探し続けるほかないのだと思います。

 誰のものでもない、自分自身の生きかたを探し続けることそのものが、人生なのだとも言えるでしょう。

 ただ、自分の人生を考えると言っても、何もないところからは始められません。

 ほとんどの人は、肉親あるいはそれに代わる保護者の元で、この世での暮らしをスタートして、それらの庇護者の影響を大きく受けながら育ってゆきます。

 子どもは、親子関係から始めて、少しずつ広い世界を知ってゆくのですが、ごく幼い子にとっては、親が世界そのものです。

 親という世界にどっぷり浸って、覗き窓から、その外にあるより広い世界を見渡すのだから、親と似通ったものの見方や考え方を身につけるのは自然なことです。

 そうなると、気をつけないと、真似して欲しくないところまで似てしまうのでは、とちょっと心配になるのですが、たぶんみんな、そんなものなのだと思います。

 ぼくら親は、一応大人とはいえ、ぜんぜん完璧ではないし、ぼくらの親だって完璧ではなかった。

 完璧でない親から、良いものも悪いものも含めてまるっと受け継いで、その後の人生で、それぞれの人が、それら受け継いだものを、自分にとって、そして社会にとって、良いもの、そうでないものに振り分けながら暮らしてゆくものなのだと思います。

 ちょっと怖い表現ですが、ぼくは「親の呪いから解き放たれてからやっと、自分の人生が始まるのだ」と思っています。

 親は子どもに呪いをかけてしまう存在だ、くらいに思っておくほうがいいんじゃないかと思うんです。

 ぼくらは完璧ではないので、良くないものまで子どもに受け継がせてしまうのは仕方のないことなのですが、そのことを自覚しておくのが大切だと思います。

 ぼくらがぼくらの親から受け継いで、知らずに当然と思ってやっていることでも、実はおかしなこともあるかもしれない、と言うか、たぶんたくさんある。

 だから、子どもたちには、こうしなさい、と私が思う正解を押し付けるのではなく、私はこうしてるけどどう?、なるほど、そういうやり方もあるのねえ、というくらいの、しなやかな構えで接することができればなあ、と思います。

 親なんて、見習うべきお手本じゃなくて、少し前を歩きながら、私はこんなふうに生きてますので、ご参考までに、というくらいの存在でいいと思うんです。

 人の数だけ人生があるのだから、「この道を行け!」なんてきっぱり示すのではなく、私の人生という問いに向かいつづける、その背中を見せてあげるのが大切だと思うんです。